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  1. 親を憎むことを恐れなくていい
 

親を憎むことを恐れなくていい

さろん楓ふなだまほです。

いつもありがとうございます。

 

AC勉強会のあるクラス。

真逆な2人がいる。


生まれ育った環境も
現在の在り方も。

 

初回、自己紹介をした時点で
「なんだか逆ですね…」となった。

 

3回目、交流分析をしたときには
見事に真逆のグラフが表れた。

 

そして、5回目最終回。
2人は、同じ言葉に触れて
はらはらと涙を流した。

 

それが「所属してはいけない」だった。

 

「そうだ、私はそう思っていた。そう感じていた」って、
2人は涙を流し続けていた。

 

…親が厳しくて、
親の望むようでなければ居場所がないように感じていた。
勉強のことも友達関係も、将来の選択も
ありとあらゆることがすべて監視されるかのような
支配色が濃い家庭で育った子も。

 

親が忙しくて、ろくにかまってもらえなくて、
家族がバラバラで、なんだか親が頼りなくて
自分がしっかりしなきゃいけないんだ、
私がちゃんとしなくちゃいけないんだと
責任を背負い続けてきた子も。

 

実はまったく同じ痛みを抱えている。

経験してきたことは違うけど、逆だけど、
実は、同じ痛みを持っていたことを知る。

 

一人が言う。
「『所属してはいけない』は
確かに私の人生にあった。
でも、それをこれから変えていけばいいんですよね」

 

もう一人が言う。
「その言葉を聴いて、そうか、
私も変えていけるんだって気づいた。
私はあきらめていたんだなって。
でも、変えられるのかもと希望が湧いた。
どうやっていくのかわからないけど、
ああ、ここからスタートしていいんだって」

 

同じ痛みを抱えた人が涙ながらに絞り出す言葉から
人はどれだけ強さをもらえるか。

 

AC勉強会をやってきてよかったなと思える瞬間です。

 

端からどう見られようと
心に傷を抱えたままでいると
人は心のどこかで自分を被害者、犠牲者だと感じているのです。

 

自分が一番可哀想だと感じている。
だから、特別扱いしてもらいたいという欲求さえある。
あんたたちとは違うのよ、みたいな。
でも、アタマではそれは違うということは嫌というほどわかっているから
そんなことを口にすることはあり得ない。
でも、ずっと自分の中で葛藤している。

 

だから、ある意味傲慢だったりする。
でも、こうして人の傷みがわかってくると、
頑なな被害者意識にやっと白旗を上げられる。
心を開ける。
いわゆる「ハートをオープン」にできる。

 

人と「つながる」ってこういうこと。

 

謙虚という言葉の意味が心に染みてくる。

 


☆  ★  ☆

 


ACの癒しにおいて、
客観的視点、すなわち人と比べるという目線は
不必要どころか邪魔になります。

 

端から見たら、
なんの不自由なく育ったように見える人。

 

それを誰かに「幸せ」だと断定されたら、
その人は「幸せ」を感じなければならなくなる。
「幸せ」を演じなければならなくなる。

 

それが苦しかったというのに。

だから、自分がわからなくなったというのに。

 

自分よりも不幸な人は限りなくいるし、
自分より幸せな人だって限りなくいる。

上を見ても下を見てもキリがない。
答えがない。


だから、人は思考を止めるしかない。
感覚を麻痺させるしかない。

 

断言します。
癒しのプロセスにおいて、
ACの自分を見つめる過程において
客観的、比較分析的な視点は一切役に立たない。

 

その子がそう感じ、
そう思い込んできたという事実のみに
焦点を当てる必要がある。

 

誰がどう言おうと、
親に悪気があろうが、なかろうが、
「自分が所属してはいけない」と
思い込んだことがツラかったのです。

 

そこから、二重三重に苦しみが生まれた。

 

ちゃんと被害者になって、
犠牲者になって、
悲劇のヒロインになれた人が癒されていく。

 

それをちゃんとやろうね、としているのが
さろん楓のセッションであり、AC勉強会なのです。
(注:さろん楓でだけにしてくださいね)

 

もう一度言います。

 

大人になった今、
親も一生懸命に育ててくれた、
いろいろあったけれどしょうがなかったのだとと
過去に遡って親を理解しようとすることは、
「親との付き合い」においては確かに意味がある。
でも、「自分との付き合い」においてはさほど意味がない、

ばかりか、かえって自分の感情を複雑にする。

 

子どもから見て、頼りない親と思えた、
自分がしっかりしなきゃと思った。
そう思ったからとて、親は親で大人だったわけで
それなりにちゃんとあなたを育てた。
だからあなたは今生きている。

 

でも、頼りない親と思って
自分がしっかりしなきゃと背負い込んだことがツラかった。
自分はそういう役回りの人間なのだと自分で決めた。

そうやって家庭で無意識のうちに学んだ関係性は、
人生のここかしこで現れる。

だからいろいろなことがうまくいかないのだ、つまずくのだ・

 

だから、この段階で親に怒りが湧いてくるのは
ものすごく自然なことです。


むしろ、その怒りのエネルギーが
役割ではない「私」を生きていくうえで果てしなく重要なのです。

 

逆説的だけど、
親を憎むことを恐れなくていい。
私はそう思っています。

 

だって、親がいなかったら
私は存在しなかったという事実だけは
変わらないから。
親子であることは変わらないから。

だから安心して憎んでいいのです。

 

「世界の入り口」であり「こころの原風景」を
見せてくれた親から、私たちは憎しみというハードな
感情をも教えてもらうのです。

 

憎んで憎んだまま終わりにならないから。
憎んだところから始まるものがあるから。

 

私は、父を死ぬほど憎んだことから

人のどうしようもない弱さを赦すことを知りました。

と同時に、「私」であるためには

怖いときほど、怖いものを超えていかなければならないことを

つきつけられています。

偉大な反面教師です。

憎んで、あきらめたところから新たに生まれた想いです。



☆   ☆   ☆

 

ここで変に「大人」な「いい子」になって
アタマで理解して、
癒された気になって、
実のところ、ハラの中では
まだまだくすぶっている…という方がけっこう多い。

 

親に対する怒りを親にそのままぶつける必要はないんです。
むしろやらないほうがいい。
それを年老いた親にやるのは酷ってものです。

 

感情は私たち自身のものだから、
自分でケリをつけていきましょう。

 

AC勉強会、まだ間に合います。

 

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